【有線・無線】アニソン聴くならどっちが良い?
結論両方買った方が良い。
しかしどちらか片方しか選べないとしたら私はワイヤレスを買うべきだと思います。
という訳で今回は1機だけ所有する場合、アニソンにおいて有線と無線どちらが優れているかという点で話を進めていきます。以下本文。
有線とワイヤレスの各メリット
有線
- 音質面でワイヤレスに比べ有利
- リケーブル可能な物等はカスタマイズ性が高い
- バッテリー劣化による寿命の懸念がない
ワイヤレス
2023年現在、同価格でより高音質なのは有線です。
有線の方が高音質である理由は一言で言えば音質のロスが少ない為ですが、もっと簡単に考えましょう。
有線比でワイヤレスの場合必要になる部品点数が増えます。具体的にはバッテリーとBluetoothの受信機さらにはノイズキャンセル用のマイク等。
つまり同じ値段なら必要な部品数が多い上、サイズの制約もあるワイヤレスの方が音質に割けるリソースが少ないと言えます。
しかしケーブルレスである点からいってもワイヤレスの方が圧倒的に便利ですし、何より外で音楽を聴くならノイズキャンセル機能は不可欠になります。
ノイズキャンセル機能使用時のワイヤレス >>> 騒音下(電車内)で聞く有線
騒音環境下では多少の音質の優位性も減ったくれもありません
一方趣味性で言えば圧倒的なのは有線で、特にカスタマイズ性が豊富です。
有線オーディオの音質=(イヤホン本体)×(ケーブル)×(アンプorプレイヤ―)
ワイヤレスオーディオの音質=(イヤホン本体)×(スマホ)←影響小
有線の場合ざっくりイヤホン、ケーブル、DACの三種の要素が音質に影響を与えます。
よって自分のお気に入りの構成を考えることが好きなひと=趣味は徹底的にこだわり抜くという人は優先の方が楽しみ買いがあります。
高すぎる解像度は逆に粗を目立たせる
上記で同価格であれば高音質なのは有線だと述べましたが、ただ高音質なら良いという訳ではないです。
Youtube音源だと音がのっぺりしている(ボーカルの伸びが足りないと感じる等)そういう意味でただ高スペックであれば良いという訳ではないのです。
75%ワイヤレス25%有線
これは実際に私が優先とワイヤレスを使用している時間の比率になります。
現在週に1日2h有線で音楽を聴くかどうかなのに対し、ワイヤレスだとほぼ毎日2時間は聞いているので有線:ワイヤレスの比は約1:7となる。
以前Air pods pro2のレビューでも書きましたが、どうしても利便性だとワイヤレスを選んでしまう......
オーディオの構成を考えるとキリがない
有線オーディオの恐ろしい点がアンプにプレーヤー更にはケーブル等、拡張性の高さ故にかかる費用も際限がないところ。
もちろん「これでいいや」と納得すれば良いのですが、イヤホン選びで悩んだ時点で沼一歩手前なのでこれは意外と深刻な問題だったりする。
そうまでして時間とお金をかけて選んだ構成よりも元あった状態(素のケーブル)の方が音が良い場合も多々。
短期的には有線の方が価格比で高音質です。ただ長期的にはワイヤレスの方が安く済むということも知っておいて下さい。
【まとめ】6000円~35000円ならワイヤレス。それ以外なら有線
アンダー6000円のフルワイだと最低限機能を備えたモデルは存在するが、ある程度楽しく音楽を聴くという場合まだ有線の方が選択肢が多い(final e2000,intime Sora等)。よって予算6000円までなら有線がオススメ。
逆に6000円~40000円の価格帯になるとノイズキャンセル機能を搭載したイヤホンが選べるようになり、有線だとイヤホン以外にもDAC等追加投資を考慮する必要があるためワイヤレスを持っている方が良いでしょう。
更にそれ以上の価格帯なら有線を買うべき。結局高級機で音質重視だと有線になる。
それでもやっぱり両方買った方が幸せになれる!
ここまで読んで頂きありがとうございました。
【Switch Lite vs Vita 】ギャルゲするならどっち?
(https://www.nintendo.co.jp/hardware/detail/switch-lite/index.html)より引用
今回はPSVitaとSwitch Liteの比較をギャルゲ専用ハードという観点で考えていきます。
以下本文です。
携帯ハードでギャルゲを遊ぶ意味
PCを所持している場合携帯ゲーム機をわざわざ購入するメリットは少ないが、逆に不便な点は多い。(充電が必要・7年ほどでソフトが出なくなる・画面が小さい・拡張性が少ないetc)
しかし、これは全ての人に言えることではない。ここで重要なのがレーディングという概念である。未成年がギャルゲー(原作エロゲ)をプレイする上で大きな意味をもつのがこの携帯ゲーム機です。PS4などの据え置きハードは同居する親の視線が厳しい。また安価であるという点で携帯ハードの方がこの用途では最適化されている。
つまり未来のエロゲーマーを育てるという意味でこの携帯ゲーム機は大いに価値があり、かつての当事者からしても携帯ハードで遊ぶギャルゲーには何とも言えない懐かしさがある。
アニメ作品でギャルゲーマーの高校生が携帯ゲーム機をもっている描写も多い。(俺妹の高坂桐乃・神のみの桂木 桂馬等)いわば学生×ギャルゲー=携帯ゲーム機という一種の文化が存在すると言ってもよいだろう。
桐乃はストーリー上未成年でエロゲをプレイしているが、基本的に学生でエロシーンNGだと仮定すると杉崎鍵は比較的レアな例だと言える(2009年という時代もあるかもしれないが......)
Vitaなどで一度に挿入できるソフトは1本のみである。つまり何でもできるPCと異なり、携帯ゲーム機にギャルゲソフトが入っている=そのハードはギャルゲーの為だけに存在している状態となる。
この「画面の中に嫁がいる感」に携帯ゲーム機でやるギャルゲーのロマンが詰まっている。
またアニメ作品のオリジナルゲームはコンシューマー版のみの発売となっている物も多い。例えば俺ガイルのゲームが遊びたい場合は、必然的にPC以外のハードを選択することになる。
ちなみに移植版がPC版よりもゲーム性が高いという例外も存在する(White Album2はPSvita・PS3だと立ち絵にモーションがついている)
【結論】Swicthの方が良い
まずスペック比較から
- Switch lite
画面サイズ 5.5インチ 1280×720
充電端子 USB type C
本体保存メモリー32GB
重さ275g
バッテリー駆動時間3.0~7.0時間
画面サイズ 5インチ 960 x 544
本体保存メモリー1GB(PCH-2000)
重量279g
バッテリー駆動時間3.0~5.0時間
重要度の高いところはこんな感じ。最も大きな違いはVitaはメモリーの買い足し前提であるという点。細かいところではSwitchの解像度は720pなのが丁度よい。Vitaの960 x 544だとPC版から移植することで解像度が劣化する可能性が高い。
後発のハードであるSwitchの方がスペックは高く、また新たなソフトが追加される事、サポート期間を考慮すると、どう考えてもSwicthに軍配が上がる。
しかしあえて携帯ゲーム機を買うロマンに見合うかという点で比較するとvitaも魅力的だ。
Vitaの初期モデルであるPCH-1000は当時では画期的だった有機ELパネルを搭載している為画面描写の美しさという点ではこのPCH-1000が勝っている。(ちなみにバッテリーがあまりにも持続しないため改良型のPCH-2000では液晶パネルに変更&バッテリー容量アップの仕様変更が行われた)
Swicth唯一の欠点と解決策
かつてVitaとSwitch(据え置き有機EL)両方所持していた私としては
Switchが抱える唯一の欠点それはデザインである。
vitaはカラーバリエーションが多い。メタリック調の色が選べるのもガジェット的な所有欲を掻き立てる。
そもそも今携帯ゲーム機を買うという行為が趣味性の強いものなので、見た目が気に入らないというのは大きな問題である。
この欠点を解決する手段として外装シェルの交換があります。
分解~組み立てはYoutubeなどで簡単に情報を入手できる為、自作PCを組んだ経験がある方なら問題はないでしょう。(状態の良い中古の機体を入手→シェル交換なら安く済む)
DIYは自己責任でお願いします。
まとめ
なんとなく携帯ゲーム機でギャルゲを遊びたい。でもSwitchは見た目がチープで気に食わないそんな方は是非外装シェルを換装してみてはいかがだろうか?
ここまで読んでいただきありがとうございました。
【WHITE ALBUM2】「届かない恋」から見る原作とアニメ版の違い
このページはWHITE ALBUM2のネタバレを含みます。未プレイ又はプレイ予定の方はブラウザバック推奨!
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突然ですが皆さんはアニメWhite Album2と原作の違いを挙げるとした場合何を考えますか?
作画やサントラ更には尺等様々ですが、実は「届かない恋」に関わる点で大きな違いが存在します。今回はこの届かない恋を通じてアニメと原作の違いについて独断と偏見で考えていきます。
(皆様の感想等コメントに書いて頂けると有難いです。)
以下本文。
第7話 最高の、最後の日
ズバリどこが違うかですが、雪菜が初めて届かない恋の歌詞を見た際の反応に大きな違いがあります。
原作では
「届かない恋」の制作を雪菜抜きで行っていた
→ 雪菜が曇る(仲間外れ)
→ かずさが「届かない恋」の歌詞は雪菜をイメージして描いたとフォロー
という流れだが、アニメ版では歌詞(春希がかずさを思って書いた)に対し「これって......」と疑う描写が存在する。
「届かない恋の歌詞が誰を想って書かれているか」で雪菜とかずさのパワーバランス、もっと言うと罪の重さが変わるためこのシーンが持つ意味は非常に重要であるといえます。






届かない恋 at Campus Fes アニメ版と原作版の違い
先述した歌詞が誰に向けて作られているか(気づいているか)が歌い方にも現れています。
両者の違いが顕著に出ているのは1番の入り「孤独な~」である。この「孤独なふりをしてるの?何故だろう気になっていた」はかずさを指すフレーズです。アニメCampus版ではこの部分がより寂しげに歌われている様に感じました。
よってアニメ版の届かない恋は雪菜がよりかずさの存在を意識して歌っているという事が言えます。原作版は「今はライブに集中すべきだし楽しもう」という気持ちも感じ取れるし、後のClosing Chapterで雪菜がかずさを忘れられない春希と衝突する為か、やはりキャラクターの心理変化に時間的余裕があるように感じました。メタ的には尺の都合上わかりやすく描写されているのですが、この違いはそのまま「届かない恋」の歌い方に上手く乗っています。
纏めるとアニメCampus版はより雪菜がかずさを意識する感情が歌い方に反映されているという事です。極端に言えばアニメ最終回の人格の雪菜が歌っているとも感じられました。
かずさと届かない恋
ここでは原作で何故かずさは「届かない恋の歌詞が雪菜をイメージして書かれた」と言ったかを考えていきます。
これは単なるフォローとして発言した&春希に好意を寄せる雪菜が喜ぶ様に言ったと思われますが。
このタイミングでは春希の好意に気づいていないので、本気で届かない恋が雪菜を想って書かれたと仮定します。
仮にかずさ視点で届かない恋が春希 → 雪菜で作られていたとするなら
孤独なふりをしてるの?→ 中学時代に仲間外れにされ壁を作るようになった雪菜
初めて声をかけたら振り向いてくれたあの日 → 学園のアイドル小木曾雪菜
この様な解釈もできなくもない。(それでもかずさを連想させる要素が多すぎる)
Introductoryで春希が付属祭でステージに出たいと言い出した際、当初かずさが「お前らしくない・理解できない」と発言していた為、春希がステージをやりたい動機が雪菜にあると考えたとするなら筋が通ります。
よってかずさにとって届かない恋が春希が雪菜を想って書いた曲(勘違い)という意味を持っている可能性が考えられる。
ただ当のかずさ版の届かない恋は恐らくCodaを想定して歌われているのが少し引っ掛かる。
White Album2 Original Soundtrack kazusaのジャケ写を見るとこのイラストではビル群をバックにかずさがマフラーを着用しています。そして作中CGを確認するとこれはCodaのかずさであると推定できる。(Introductory Chapterかずさのマフラーは白色に近い事。制服ではなくジャケットを着用していることから)
もしかしたら雪菜のマフラーという可能性もあり。


Soundtrack kazusaの一曲目であることからも、届かない恋(冬馬かずさVer)はCodaのかずさをイメージして作られていると思います。同アルバムのAfter All~綴る想い~,Answer,closingに比べて悲壮感を込めた歌い方がされていないことからかずさ√突入前の人格で歌われていると思う。(かずさ√を象徴するのがClosing)
よってかずさにとっての「届かない恋」はIntroductoryでの身動きが取れない焦りとCodaでの「高校時代を顧みて懐かしい気持ちを抱きながらも雪菜への罪悪感が残る」という二つの解釈が可能です。
余談ですがSoundtrack kazusaのSOUND OF DESTINYを楽しそうに歌っているのが良かったです(かずさは緒方里奈派)
まとめ
やはりこうして見ると「届かない恋」は雪菜が歌う曲だなとよくよく思います。(雪菜が歌うことで曲が持つ意味が大きい)
White Album2は高校生編、大学生編、社会人編という期間でキャラクターの心理描写が重厚に描かれているのが魅力です。またそれに合わせて「届かない恋」も歌い手やアレンジが加わっていく。
よってどのルート、どの瞬間の人格が曲を歌っているんだろうと想像するのも楽しいです。
例えば千晶は軽音楽同好会の当事者ではありませんが役者として3人に対する理解度はとても高いものがあります。本当に私の個人的な意見ですが千晶Verは雪菜を模した雪乃の曲というよりは、観客に向けて物語を伝える状況説明的な印象を感じます。
入りの「孤独な~」が「昔々ある所に」のような観客に向け雪乃(雪菜)、和希(春樹)、榛名(かずさ)の物語を語りかけるナレーターのように感じました。
また作者繋がりで霞ヶ丘詩羽Verのカバー等、シナジーがあるのも面白いところです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
【WHITE ALBUM2】小春もかずさの魔性に魅かれている
このページはWHITE ALBUM2のネタバレを含みます。未プレイ又、プレイ予定の方はブラウザバック推奨!
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今回はClosing Chapterのヒロイン杉浦小春について
彼女は作中でも武也や伊緒から「小春希」と称される通り春希と似た者同士として描写されている。では逆に小春希たる小春にとって春希とはどんな存在であったかを考える。私はCCの春希はIntroductory Chapterでのかずさそのものだと感じました。
今回は「小春視点で春希はかずさの魔性をもっている」ということをテーマに考えます。
以下Introductory Chapterの春希とClosing Chapterの春希を分けて考える為それぞれをIC、CCと以下記載します。
小春と春希の共通点
- 相手に関わる大義名分を持っている
- 好意を受け入れてはいけないという状況
- 頑固なおせっかい焼き
二つ目の小春は春希に対し「友人である美穂子の為」という関わるための大義名分を持っています。一方春希はかずさに対しても「委員長として」という理由をつけて関係を深めました。また小春の場合はこの大義名分がそのまま春希と関係を持つことへの罪に直結しています。(春希の場合は雪菜の存在)
ここが大きく違う所で仮に春希が小春と同じようにクラス内で総スカンを食らっていたとしてもCC冒頭程荒んではなかったはず。(「全部俺のせいだから......ハハ...」位で終わっていたのでは?と想像)つまり小春と春希の決定的な違いは雪菜の存在であるという事です。
ここで三つ目の共通点であるお節介焼き。上手いなと思うのが小春はかつての春希に似ているから小春希であるという点。つまりIC春希(小春希)とCC春希の立ち位置は変わっているということです。小春ルートで雪菜が春希に言った「私の傷はもうあなたでは治せないから......」も雪菜にとっての春希が別の存在に変化したことを意味していると思う。
春希とかずさの共通点
- ダメ人間かと思いきや誰よりも純粋で愛情深い
- 放っておけない危うさを持っている
- 自分に何かを教えてくれる師匠である
- 楽器を弾く姿がかっこいい
- 自分から泣きつく
第一印象についても考えましょう。これは両者良くも悪くも「ダメ人間」という印象だろうと予想できます。もちろん「ダメ」要素はそれぞれ異なりますが、春希属性の人間にとってダメ人間は世話を焼きたくなる絶好の対象です。よって一見マイナスに働くこの印象は春希と小春の興味を更に引くのです。
そしてポイントがこのダメ要素は自分しか知らないという点。母親との確執や生活能力の無さ、英語力が中学生レベルという点は世界的ピアニスト、冬馬曜子の娘という肩書からは想像がつかないのではないでしょうか。(かずさの場合は音楽家から普通科に編入した経緯からやや腫れもの扱い気味ではある)
実際CCで春希が執筆したかずさの特集記事、世間が知らない冬馬かずさとはダメ人間かずさの公開を意味している。それと同様CCの春希は一見優秀な学生ですが、所謂荒んだ状態で、高校時代を知る人間からは見ていられない様な状態です。ここが3つ目の「危うさ」になります。この危うさはいずれも過去の愛の喪失に由来します。(かずさは曜子、春希はかずさ)故に二人とも本質的には誰かを愛する愛情深い人間なのです。
次に役割についても注目しましょう。
春希にギターを教えるかずさ=小春のバイトの先輩である春希
この役割によって彼らは自分だけが知る相手の「意外と良いやつ」な一面を手にします。CC春希の場合元が面倒見が良い人柄の為、少し悩ましいところですが今回はあえてこのような表現を用います。
そして今度は周囲は知っているが自分は今まで知らなかった相手の「かっこいい部分」を知るというターム。つまり「かずさが第二音楽室のピアニストであること」、「春希が軽音楽同好会のメンバーであったこと」です。以上をまとめると
関わる動機と責任&放っておけない危うさ→悪い人ではなさそう→自分だけが知る一面、今まで知らなかった一面→ダメだとわかっているのに相手が泣きついてくる。
春希と小春は全く同じ流れで沼に落ちているのです。以前かずさの魔性というテーマで記事を作成しましたが、こうしてみるとCC春希も大概だと感じます。メタな話抜きに考えるとCCでは小春+麻里+美穂子からモテる程春希に魅力がある訳です。やっぱり春希君イケメンなんじゃないか?
小春視点の春希→「一見真面目だがどこか陰がありギターが弾けて性格の合う優しい年上の大学生」
つまりかずさの魔性≒CC春希ということが言える。(タイトル回収)
かずさについてのこちらの記事も目を通して頂けると幸いです↓
春希とかずさ・小春と春希の違い
さてICのかずさ=CCの春希が成立するとした場合、何故小春ルートではあのような結末になったかを考えていきたい。ずばり両者の違いはCCの春希はかずさに比べて素直だったという事ではないだろうか?
ICでかずさを失った経験を踏んでいる分春希の方が大人だったと言う事ですね。だからこそかずさの時は叶わなかった相手の人生まで踏み込んで小春を選ぶ事が出来た。言い換えればかずさのように最後は気持ちに正直になれたという事ではないでしょうか。
ここまで書いて思ったのですが、codaで春希はかずさの顔がタイプだったと述べている辺り、小春も春希の顔がタイプだった可能性もあるかもしれない。
結論 CC春希は深く関わってはいけないイケメン大学生だった。
長文でしたがここまで読んで頂きありがとうございました。
DEEN版Stay Nightを再評価したい

今やギャルゲーという域を超えて人気となったFateシリーズ。派生作品も続々とアニメ化されていますが、アニメ第一作Studio DEEN版Fate/Stay Night(セイバー√)を皆さん覚えていますか?
UBWやHeaven's Feelが圧倒的な作画で多くのファンに支持される一方、こちらは「かっこいいポーズ」等のネタ要素も多く「UBWに比べて......」なんて声も多いのが現状
が、しかし。私としてはUBWが優れた作品であることは事実としてもこのDEEN版が特別劣っているとは思えないのです。
そんなわけで今回はDEEN版Stay Nightの魅力をダラダラと語っていきます。
未視聴の方はネタバレ注意
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Studio DEEN版Stay Nightとは
DEENを視聴したことがない方の為に概略を記載しておきます。
2006年1月から2クール計24話で放送されたFate/Stay NightのセイバーをヒロインとしたFateルートをテレビアニメ化したものです。制作会社はStudio DEEN。
なお原作のpcゲームにはボイスが無かったがこのアニメ版で声優を担当をしたキャストの方が後のRealta Nua以降でも声優を担当している。よって現在のFate/Stay Nightの各キャラクターイメージの構築に大きく関わったという意味でFateシリーズが今日の人気を得るに至った起点となった作品と言えます。
詳細はWikiを見てください
物語を引き立てる川井憲次氏の楽曲
DEEN版のサントラの多くを手掛けるのは仮面ライダービルドのサントラも担当する川井憲次氏。
これがとにかく素晴らしい。運命の夜は魔術師同士の戦いに巻き込まれていく中で共に奮闘するセイバーの誇り高い姿を思わせます。
原作でも一週目はFate√(セイバー√)から始まるため、聖杯戦争に巻き込まれる史郎の戸惑いは正に初見の方の心情そのもの。
セイバー召喚時に流れる騎士王の誇りからは何処か寂しげで孤独なセイバーの姿を感じます。一方UBW版の同場面ではセイバーの表情やサントラも少し凛々しい印象。この場面比較して見るとDeenの召喚シーンは光のかかり方が眩いです。一方Ufoは自然な光。
Fate√の史郎はエミヤになる可能性が一番高い(それでもほとんどない)という点をさらに考慮し、このシーンをかつてエミヤが憧れた美しい甲冑を纏った少女との会合の記憶という観点で見るとこの光の強さも逆に味があるのではないでしょうか。
眩いほどの美しさと憧れ=光の強さ
セイバー(CV川澄綾子)の声の違い
各ルートで史郎に呼び出されるセイバーですが、特にこのルートでは、サーヴァント、相棒、使い魔という以上に攻略対象のヒロインであるという要素が強いです。
年代的に早いというのはありますがこの当時の川澄さんの声は少し若々しい。このある種の初々しさがエクスカリバーお披露目の際も良い方に働いています。私はその振り絞って声を出す姿に王の責務を背負った少女が振るう剣というような印象(狙った演出なのかもしれません)を受けました。これはまさにFate√のテーマであるサーヴァントではなく一人の女の子としてセイバーを助けたいという史郎の想いに通ずるものがあります。
演出が古いという評価について
これはおっしゃる通りです。しかし逆に言えば古きよきアニメ感が懐かしいという方にはたまらないはず。
個人的に第一話冒頭のセイバーとアーチャー(ギルガメッシュ)の戦いからしてあの年代のアニメという感じで最高です。ここは完全に私の趣味趣向です。
具体的な意見としてはエクスカリバー使用までの間が長いという意見もありますが、これはリアタイ勢からするとセイバーの真名が初めて判明するきっかけになるシーンです。であれば多少引っ張っても問題はないでしょう。現在のタイトなアニメの尺事情では出来ない贅沢な演出とも言えます。
また原作のRealtaNuaをプレイして気づいたのですがDeen版かなり原作に忠実に作られています。独自要素もありますが、原作の補完という意味合いのオリジナルの為好印象。
特に史郎のセイバーに対する心情がセリフとしてしっかり表現されているので、原作の雰囲気を忠実に押さえつつサントラや作画でアニメでしか出せない魅力を加えている。つまり栄えあるFateのアニメ第一作としてこのDEEN版はしっかり仕事をしたといえるのではないでしょうか?
これからFateを見る人は是非DEENから視聴しよう
もし初めてFateのアニメを視聴する方にStay Nightの3ルートでどれを選ぶべきかと尋ねられた場合
私の答えはStay Night(DEEN)かUBWの二択です。
Heaven’s Feelを外したのは初見で見るには劇場版や3週目という性質上やや説明不足感が否めないのが理由です。私としては是非DEENから見て欲しい。というのもStay Nightを経ることでUBWのエミヤの回想に深みが増しますし、必死に剣をふるう少女としてのセイバーはDEENならではです。(Zeroセイバーは切嗣&人妻がマスターなので強力な当たり鯖感が強い)
すでにFGOなどは知っていて色んなサーヴァントがぶつかり合う戦闘シーンに興味があるという方にはUBWもオススメ。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
Rewriteは何故隠れた名作と化してしまったのか
KANON,AIR,CLANNAD,リトバスその他多くの作品を送り出してきたノベルゲー業界の老舗ブランドKeyに一作風変わりな作品が存在する。2011年に発売された全年齢対象ゲーム「Rewrite」である。
CLANNAD,AIRは今でも語り継がれる名作だ。しかしこの「Rewrite」はKey作品としては話題になりにくい所謂マイナー作品である。しかし、万人受けこそしないこの作品だが,私はとても良くできた名作だと思う。
という訳で今回は何故Rewriteが今日の評価を得ることになったかを考えていく。
Rewrite及びFateのネタバレ有りの為未視聴の方はブラウザバック推奨
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作者3人中2人が外様ライター
このRewriteが今日評価を勝ち取れていない最大の要因はKey作品として生まれたことだと私は思う。これはKeyにブランド力が足りないという意味ではなく、Keyが出す名作を期待していた古参ファンに中々刺さらなかったのだ。
というのもシナリオを担当した田中ロミオ(小鳥√,朱音√,Moon,Terra)、都乃河勇人(ちはや√,静流√)、竜騎士07(ルチア√)の3人の内都乃河氏以外の2人はKey所属のライターではない。
つまり既存のKeyの泣きゲー。麻枝准氏らとは異なる作風になりやすいことに加え、各ルートでシナリオ担当の違いによるギャップが発生してしまうこと(ここが魅力でもある)で古参ファンに「これは期待していたKey作品ではない」と嫌煙されてしまいがちなのである。
竜騎士07氏は「ひぐらしのなく頃」の様にホラー要素を含んだ謎解きシナリオに定評のある人物だ。また田中ロミオ氏は「家族計画」や「加奈」そして「Cross♰Channel」など社会に溶け込めない主人公の葛藤と成長や張り巡らされた伏線回収による作品の奥深さが魅力です。つまりブランドの方向性とライターのシナリオ適正にややギャップがあるのが一つの要因である。
テーマは環境問題と人類の停滞
CLANNADは家族愛、リトバスは友情などKey作品には身近な人物との絆という点がテーマになる傾向があるのに対し、Rewriteがテーマとしているのは「地球環境と人類」である。つまり物語のスケールが歴代作品比で壮大であるのだ。
Rewriteは序盤学園生活パートが続きますが、物語が進むと超人と呼称される超能力者と魔物使いとの戦闘描写も増えてきます。地球資源が枯渇し滅びの運命にある人類がどの様に歩んで生きるか、という命題を2011年にギャルゲーのテーマとした田中ロミオ氏のセンスは流石であるが、歴代の作品に比較するとKeyの学園ラブコメとしては壮大すぎるテーマ、膨大な文章量という点でプレイヤーを選ぶというのは否めない。(故に田中ロミオ作品勢とは相性〇)
Fateの存在
Rewriteという作品にはFateの存在を想起させる要素が所々存在する。
- 両主人公にとっての先駆者咲夜と英雄エミヤの存在
- 月篝の命の理論図がFateの魔術回路(史郎)に酷似している
- 朱音√における地竜討伐戦での剣製演出
しかしギャルゲー(エロゲ)において過去の名作をオマージュすることは度々あることで、例えばマブラヴの吉岡氏はエヴァンゲリオンを意識して作ったと話しているし、そのマブラヴに影響を受けた進撃の巨人も人気作として世の評価を勝ち得ている。今回RewriteのキャラデザがFateを意識していたとしても、オマージュ自体は問題ではないのだ。
この場合の「Fateの存在」とは2011年Rewriteが発売された同年Fate/Zeroがアニメ化されたことにある。
元々人気作であったFateに更に注目が集まったことでRewrite評価の際にFateの存在がどうしても脳裏をよぎる。そんな風潮があったように私は思う。
TVアニメの尺
TVアニメ「Rewrite」は一期13話+二期10話の計2クールから構成されている。
しかしこの作品の魅力を余すことなくアニメとして表現するにはその倍の尺は欲しいところである。ただ計23話という中で天衝監督率いる制作委員会はよくまとめ上げたと私は思います。原作勢を想定して作るなら一期のオリジナル√突入は良いアイデアですし、二期のラストだけでもアニメ化された価値が十分にあったと私は思います。(願わくば円盤特典で石の町が見れたら良かった)
アニメ人気の過熱でいわゆる神アニメが増産された結果、昔ながらのゆったり2クールで楽しむ作品や考察込みで楽しむ作品は評価を勝ち取りにくくなっている様に思う。ギャルゲーに対するプレイヤー&視聴者の熱意が昔に比べ落ち着きを見せる中、既存のブランドイメージとは異なるボリューミーな作品は広く評価されることは厳しいのは事実だ。
今後再評価される可能性は十分ある
今後我々が環境問題によって人類の存続を意識せざるを得ない機会が訪れた時、即ちこの作品のテーマが真に人々にとって無視できなくなったタイミングがこの作品が評価される時期ではないかと思う。
Rewriteは2011年に発売した「環境問題と人類を主題とした作品」としてはとてもハイレベルで魅力的な作品です。やがて再評価されるべき作品として私はここに期待を込めて終わりたい
過去のアニメ文化の良いところを振り返る
今日は老害回なので気になる方はブラウザバック推奨。
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個人的アニメランキング
かつて個人ブログ等で主観的意見マシマシのアニメ評論家が各地に存在しました。彼らは幅広いジャンルで作品視聴をしているとは言えあくまで一人の人間です。よって世の全作品を網羅できている訳ではなく、視聴傾向も個人の趣味趣向が反映される事が多かった。一方現在のアニメレビューは視聴者の母数が増えたことにより、ほぼ全ての作品の感想を読む事が可能である。
ここでこの前述した個人ブログと現在のアニメレビューの違いは一人が一貫して評価しているか、集団の意見の集約かという違いです。
何と無く人気の作品を探す場合は後者が良いでしょう。しかし、
Aという作品を視聴して特定ジャンルのアニメにハマる → 同系統の作品をさらに摂取したい!
と言う場合には一貫した趣味趣向。もっと言うと性癖を基に作品評価をしている個人ブログが有用だったりする。
共通の価値観を持った人に深く刺さる可能性が高いという点で個人的アニメランキングは結構好きでした。
神アニメじゃないけど......
集団レビューの弊害というか、意見を集約する事の最大のリスクが一定の評価基準を用意することであると思う。シナリオ重視の人、キャラデザ、主題歌、キャストの演技、各要素あるが、多数の意見を集約した結果高評価を勝ち取るのは「良い作品」になってしまう。作画が良い、音楽が良いとか勿論これは正しい。しかしながら「作画も全然でキャストも新人ばかり、そして尺も足りないからシナリオが分かりにくい。そんな作品それでも私はこの作品が好きなんだ!」と言ったレビューこそ愛では無いかと私は思う。多数のマイナス要素を覆す程の刺さりを持った作品との出会いが人生を豊かにしてくれるのである。
現在は原作人気と共に多大なコストを製作委員会が拠出して神作画が実現する事も多々あります。しかしかつて予算の都合で尺が足りないは当然としても、監督オリジナルシナリオで原作ファンから見放される作品、エロゲ原作アニメなら特定のヒロインにスポットを当て過ぎて他のキャラの掘り下げが足りない、また平等に描写した為に原作の名シーンまで尺が足りないなど、いわゆる迷走系アニメが製作される土壌が多分に存在した。(空鍋その他etc)
4分30秒のアニソン音源
現在はサブスクの解禁やYouTubeの著作権規定制定で音源はどこでも視聴できる。がしかし、10年前はFULLバージョンの音源をアニメ放映開始直後にアップロードしようものなら直ちに削除されていた。今より遥かにアニソンを聴くことのハードルが高かったのです。
そんな状況で一部のファンが思いついたのが1分半のアニメサイズ音源を編集して疑似フル音源を制作するといったものであった。勿論元のデータは1分半なので1番も2番の歌詞も同じものである。
まとめ
ここ10数年でインターネットにアクセスする母数が増えたことで個人ブログのようなニッチな情報を入手することが難しくなってしまった。
ただ実はトーワブラウザを使えばGoogleが普段検索設定で除外しているサイトも検出することができるようになります。特に2013年以前の時間指定で検索をかけると懐かしい雰囲気漂うブログが出て来るかも?......
ここまで読んで頂きありがとうございました。
